切山平家遺跡保存会が6月に行われました。
町や村からの会員が多く集まって、今年度の
取り組みなどについて話し合いました。
会終了後、親睦会も行われ、楽しい会話が飛び交いました。
「切山にこにこ市」でのハーモニカコンサートが集会所で行われました。
たくさんの懐かしい曲を演奏して下さいました。
「 切山平家遺跡保存会」で挨拶をする切山自治会長の参鍋修一さんです。
毎年行われる「切山平家遺跡保存会」では、今年度の実施報告などについて話し合われます。
遺跡保存会の様子
切山の真鍋家住宅が国の重要文化財に指定され復元されてからたくさんの人々が切山を訪れるようになり、平家遺跡についても話題にされるようになりました。
これがきっかけとなり、昭和52年5月に保存会が結成されました。切山の平家遺跡に関心がある人であれば、自由に入会できます。
年会費は3,000円です。
現在、会員が110名おられます。
*何か質問などがありましたら、下記までご連絡下さい。
☆切山平家遺跡保存会事務局
〒799-0112
*住所:愛媛県四国中央市金生町山田井切山
重文真鍋家住宅内 真鍋潤、真鍋操
*電話番号:0896-58-8078(真鍋潤)
090-7772-8910(真鍋操)
*メールアドレス:heikenosato728@gmail.com
切山に潜入した五士の中の一人、真鍋次郎・平清房(平清盛8男)が先祖といわれ、昭和45年6月に国の重要文化財に指定されました。
およそ450年前(桃山後期頃)に建てられたものと推定されており、昭和53年に復元されました。
三間取り型(マエ、オク、ザシキ)の原形を残す民家として、建築上高く評価されています。
復元後、18年を経た平成8年12月に屋根葺き替えが実施されました。
所有者は真鍋家16代目に当たる真鍋潤氏です。
平成13年2月から毎月一日の午前中に、郷土の先哲「尾藤二洲」の「切山昌平校塾」が行われています。
<お知らせ>
平成31年2月18日(月)より屋根葺き替え工事が行われます。
その作業が8月まで続く予定です。
この葺き替え作業は、もう当分の間、見ることはありません。
貴重な作業ですので、是非、ご覧下さい。
写真撮影、録画撮影が可能です。但し、作業員の迷惑にならないようにご協力をお願いします。
切山の奥、下谷へ行く途中に土釜神社があります。五士の一行が切山に潜入して、最初にたどりつき安堵した所と言われています。
ここには古来から社が建てられていて、真鍋次郎・平清房か田辺太郎・平清国の子孫がまつられていると言われています。
幕末から明治にかけて、山田井住民と神体、神宝の争奪戦が続きました。
土釜薬師は安徳帝のご安泰を祈り、警護の要になっていたとも言われています。
耳の病気にご利益があり、耳の形に似た川原石を拾い、石に穴を開けて奉納し、病気治癒を祈願したと言われています。
五士の一行が土釜にたどりついたものの、なおも安全な場所を求めて分け入り、この地に仮の宮居を建て、安徳帝を守って半年間住んだといわれています。
平家遺跡保存会によって、ここに碑(安徳の窪、安徳天皇行在所)が立てられたり、ふもとの下谷八幡宮横には「安徳の宮」がかさあげされています。
切山の奥、下谷には下谷八幡神社があります。下谷八幡神社は、上(かみ)の八幡と下(しも)の八幡の二社からなります。
安徳天皇を守りながら五士の一行が、安徳の窪で過ごしていた時、安徳天皇の安全と一族の武運を祈って祭ったと言われています。
上の宮は、仲哀天皇と神功皇后をまつっています。正八幡宮と書かれた菊の五紋の入った石灯籠がある下の宮は、応神天皇をまつっています。川之江大岡八幡宮は、この切山の八幡宮から分霊されたとも言われています。
切山の人々は、この二つの神社を大切に守っています。
250年前前に彫られたという像が腐食したために、仏像彫刻師・荻田文昭氏(観音寺市在住)によって、昭和54年に鹿の木(かごのき)に復元しました。
そして、NHKテレビで全国に紹介されました。
弘法大師の生きた像とも言われて注目されています。
多くの人々が祈願して撫でていくために、今でもつやを放っています。
平成14年11月には、23年振りに修復を行いました。